98歳の祖母が暮らすグループホームに遊びに行ったら、たまたまその日は嚥下指導の日でした。医師が来て、飲み物や食べ物を安全に飲み込む方法を教えてくれるのです。

祖母の小さな部屋は、ドクターとホームのスタッフの方々と伯母と、飛び入りのわたしできつきつ。にぎやかです。

みんなに見守られながら、ホームの方が用意してくれた麦茶をストローでひととおり飲んだ祖母が、口をすぼめ、まゆげ八の字で…

「おーーまずい。これはまずいお茶でございますね」

ぎょぎょ。いっしゅん凍りつくわたし達。0.5秒で解凍したドクターが(さすがプロ)

「あははは、そうでしたか、まずかったですか」

と言ってくれたので、すぐになごやかな雰囲気になったのですが、そもそも動じてない人がひとり。伯母です。

「ハハ(義母)は旅館の女将だったんですの!おいしいお茶にはこだわりがあって、いつも最高級の緑茶を飲んでいたんです。旅館の女将でしたから」

そしたらスタッフの方は

「へえ~~。Tさん(祖母の名字)は旅館の女将さんだったんだ~。すごいね、初めて聞いた」

ドクターも

「なんだ。Tさんは女将さんだったんですか」

と、興味しんしん。伯母は「えっへん。」な表情でニコニコ。

グループホームは伊豆半島の緑ゆたかな温泉地にあり、町の人々は、旅館の女将さんという職業に親しみと敬意をもってくれているのです。

スタッフの方々にとって、祖母は大事にお世話している入居者であり、ドクターにとっては丁寧に診るべき患者。それは家族にとっては本当に安心できること。

でも、伯母の「ハハは旅館の女将だったんですの!」発言のおかげで(←小心者のわたしは伯母の発言にも実はちょっとだけびびった)

単なる素敵マダムな認知症患者ではなく、彼女だけの人生の物語を持つ、輪郭あざやかな、多面的な一個人として祖母を認めてもらえた気がしたのです。

 

いまどういう状態の人も、その人には生きてきた物語があって、いろんなことをしてきて、いろんな好きキライがあって、大事にしている思いがあった。外に見えるかどうかはわからないけれど今もある。

人間は誰しも関心を持たれるに値する存在なのだ、ということを考えています。

そういう情報を伯母のように広報?するのが、そばで見守る人のできることかなあ。これもアドボカシーですよね!→ ウィキペディアの説明「アドボカシー」

 

次に祖母に会いに行ったとき、スタッフの方がわたしに熱々の濃い緑茶を淹れてくれました。(祖母の地元は緑茶も熱々が基本)

祖母は熱いお茶なんて飲めない状態でしたが、祖母が祖母であるための小さな願いを叶えてくれるホームをありがたく思ったのですよ。

伯母が見せてくれたアドボカシーは、以来ずっと意識して実践しています。これからも。だから伯母に感謝。

 

本日のスペシャル

1日1新:新しいめがね(すっぴんに合う、ぬるめのデザインにしました)
進んでいたはずの近視が逆行して、10年前よりも2段階めがねの度を下げるくらい、視力が上がっていました。進んでいるはずの老眼が進んでいない。何もしていないので、原因は幸運だったようです。

1日1冊:荻上チキ「いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識」
著者の提唱する、いじめ対策への「環境的アプローチ」に特に共感し、その場で本を購入。Kindle版が800円、新書版は994円。

東洋経済オンラインの記事で、一部を読むことができます。→「日本の『いじめ対策』決定的に欠けている視点」 少しだけ抜粋します。

いじめ対策というのは、「発生したいじめに対応する」「いじめをしないように教育する」ばかりがすべてではありません。「いじめが起きにくい環境を作る」「人をいじめに追いやる背景を取り除く」「何がいじめ対策に有効なのかを検証する」など、さまざまな対策が必要になります。単純化すれば、いじめ対策は「予防→早期発見→早期対応→検証」のサイクルで回す必要があると言えるでしょう。

これまでは、「いじめっ子を厳罰化しよう」とか「道徳教育でいじめを抑止しよう」といった、部分的かつ感情先行型の議論ばかりが目立ち、いじめ対応のサイクルが意識されてきませんでした。[中略]

人の心ばかりを変えようとするのではなく、人が過ごす環境を変えることで、行動の変化を促していく。そうした、発想の転換が求められています。

 

写真は大室山。何があるわけではないのですが、なだらかさが好きです。風を感じられるスリル零点なリフトに乗って登ります。

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