バブルがはじけて何年かたったころ、丸ノ内線の小さな駅から歩いて5分くらい、古い建物の一室に住んでいました。
エレベーターがないので5階までのぼるのがめんどくさいのと、忘れものを取りに部屋に戻ると良い汗かいてしまうほかは、わたしにぴったりの物件です。とても気に入っていました。
予算内なのに部屋はひろびろ、小さな藤棚をつくれるくらいのバルコニーがあって、大きな押し入れと、これまた大きな窓から風と光が入り、通りの向かいの交番では、ときどきおまわりさんがテレビみていたり。のどかですな。
そんなとき知り合いの紹介で、Yさんという方の事務処理のお手伝いをすることになりました。Yさんのオフィスは最寄り駅への途中にあって、ご近所さんなのです。週に1回か2回、数時間だしアルバイトしてみるか。
Yさんは、バブル期が終わるまえに資金ショートで会社を倒産させ、自己破産しました。わたしがアルバイトしていた当時は、手持ちの現金だけで展開したビジネスが、うまくいっているところ。
本業のほかに、自身の経験から得たノウハウをもとにしたコンサルティングをやっており、バブル後に大変な思いをしている経営者の相談に乗っていました。内容はというと、
「会社を倒産させるやり方、自己破産のやり方、安全に夜逃げする方法、取り立てから家族をまもる方法、死なない心がまえを教えるんだ」
というYさんの話を聞いて、ふーんそうなんだ・・と思っていました。
ある日オフィスに着いたら、お客さんが来ています。60代?のスーツ姿の男性と、Yさんが、応接セットの両側で話し込んでいる。お客さん初めてみた、どなたかしら。
しばらくして立ち上がったYさんが、「すってんてんになることはありませんよ」「当座ご家族が住むところはこちらで用意しますから」「大丈夫ですよ」としきりに。
お客さんは黙って聞いていましたが、「いや、あと◯億あればなんとかなる」「うちはまだなんとかなるから」と何度もくりかえし、帰っていきました。
わたしもいっしょに玄関までお見送り。
その方はS市で会社を経営しており、会社はもうダメなのだそうでした。ああいう人は死ぬよ、性格もあるからしかたないけどさ、死ぬことないのにな、とYさん。
警察庁の「自殺統計」によると、自殺者の数は1997年から1998年にかけて、いきなり増えています。折れ線グラフで一目りょうぜん、かくっと右上がりになっているヶ所です。
[Image source: https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/jisatsu/16/dl/1-01.pdf]
S市の社長さんがどういう決断をしたのか、わたしは知りません。
会社はなんとかなったかもしれないし、あるいは思い切って倒産したかもしれない。それとも何かまったく別のことをしていたかも。
Yさんのいうように亡くなってしまったかもしれないし、元気で長生きしているかもしれません。でもあの日は、
いいスーツを着こなしているのにぼろぼろで、その人の周りはフィルターをかけたように暗く、目だけが生きているゾンビみたいだった。そして小さく縮んで見えました。
長いこと忘れていたけれど、今年の3月からこちら、なんども思い出す出来事です。
本日のスペシャル
バブルが完全に終わって不況が完全に始まったのが(たぶん)1993年で、自殺者数が激増したのが1998年だから、1998-1993=5年。
これから5年間わたしができることは何か? 猶予があるってわけじゃぜんぜんないが、経済リテラシーふつうな人も考えた。
・与信枠 ≠ あなたの価値
・社会的地位 ≠ 人間の価値
・稼ぎ ≠ 人間の価値
・役に立つ ≠ あなたの価値
そもそも人間には価値なんてものはつけられないのです(と、すごい心理学者も言ってます白人のおじいさんだけど)
って(今よりさらに)しつこく言い続けようわたし。
最近の1日1新:The Sporkful
The Sporkful は食にまつわるポッドキャストで、キャッチフレーズは「foodie(グルメ)ではなく eater(食べるひと)のためのポッドキャスト」と「食べ物よりも人」。気が合う。
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1日1冊:中田 豊一「途上国の人々との話し方」、Jill Liddington「Presenting the Past」つづき